定食、何から食べたらいいのかわからないという話
たまには、すごくどうでもいい葛藤の話とか書いてみる。
先日、友達とご飯を食べに行った。
本当はお酒を飲もうという話だったのだが、お互い体調が優れない中会っていたので"カフェ飲み"は諦め、定食屋みたいなところに入った。
水曜日夜、店内はそんなに混んでいないので、長くいられそうだ。
ぶっちゃけ、この友達と行くお店選びでは長くいられそうかが一番大事なところである。
お酒も大事だが、ちょっとやそっとの量を飲んでも大して酔わない私たちは、お酒がなくても楽しく時間を過ごすことができるため、優先順位は一番上ではないのだ。
料理の美味しさも大事だが、喋ることの方に意識が奪われがちなので、不味くなければまぁ、オッケーという認識でいる。
この原理で、コンビニで好きなものを買って集合し、公園のベンチに4時間いたこともあるくらいだ。あれは5月だからこそできる所業であった。
さて、今回のお店は、
ご飯+おかず+うどん+デザート+飲み物
が基本形で、内容をそれぞれ自分で選ぶ形となっていた。
単品で別のメニューを頼むことも出来たが、女性のお客さんが多いお店でのセットなので、量はそこまで多くないだろうと踏んで、このセットを頼むことにした。
決めたー、という声がほぼハモった。こういうところが気持ちいい友達だ。
注文して10分くらいで、まず友達の定食がきた。友達は「炭水化物は二つもいらない」と、
雑穀米+チキン南蛮+(うどんではなく)豚汁+抹茶アイス+アイスコーヒー
を頼んでいた。具沢山の豚汁が、うどんの代わりということもあるのか、とても量が多く見える。
先に食べていいよ、の言葉を待つことなく、友達はすぐに食べ始める。楽で良い。楽すぎるくらいなので、これに慣れてはいけないと、ふいに背筋が伸びることもある。
すぐに来るだろうと思っていた私の頼んだセットはなかなか来なかった。時間のかかる料理を頼んでしまっただろうか。
私は食べるのが非常に遅いので、そわそわし出した。
相手が食べ終わっているのに、いつまでもモグモグしている状況は昔から得意ではなかった。
何気なく「食べるの遅いね?」と言われたり、言われずとも視線を感じ、そう思われたかもしれないと思うと、焦りや申し訳なさ、そして呆れられたのではないかという過剰な自意識が膨らみに膨らんで、どんどん食べ物の味がしなくなるのだ。せっかちな父親とご飯を食べるときは、飲み込むのが辛くなることもあった。
これは悪化させると会食恐怖症というものになり得るので、注意が必要らしい。
今回も、気心の知れた友達とはいえ、ちょっとしたことで不安になってしまうのは、もうどうしようもないのだろうか。
ようやく、ようやく私のセットがきた。
お待たせしました、の声に、「ホントだよ待ったよ〜」と言いたくなる。
が、飲食店でのアルバイトの経験がある私は、笑顔でありがとうございますと呟いた。
同じテーブルの料理を同じタイミングで出すのは難しい。それが当たり前だと思ってはいけないのだ。
しかもホールの人に、このどうにもならない文句を言ったところで、ホールの人にとっては飛んだとばっちりである。気の毒すぎて言えるわけがない。
そもそもクレーマーみたいなことはしたくない。
そして大前提として、これは全く大したことではない。
私が頼んだセットは、
白米+ポークジンジャー+卵とじうどん+ほうじ茶アイス+紅茶
だった。
表記、豚の生姜焼きでいいじゃんと思ったが、お店のメニューにはポークジンジャーと書いてあったからポークジンジャーだ。ちなみにアイスと飲み物は食後にくる。
さて、目の前の定食の内容を視覚で確認したあと、私の中で葛藤が始まった。フリーズ。
友達が「食べないの?」と聞いてくる。
「あのさ、今すごく戸惑ってて」
「ん?なにに?」
「あのさ、まず、うどん多すぎん?」
セットの中のうどん。このお盆には茶碗に盛られたご飯も乗っている。だから、それぞれハーフサイズくらいだとてっきり思っていたのに、このうどん、フルサイズだ。
「だから豚汁の方が良かったじゃーん、私は炭水化物そんなにいらないもん」
「いやぁこんなはずじゃなかったよ」
乗っているご飯は少なめだ。どうなっとるんじゃ。いっそご飯もフルサイズにせい。そしたら諸々諦められるわ。なんて投げやりな思考になっていく。危険だ。
「あとさ、もう一つあって」
「なに?」
「これ、なにから食べたらいいと思う?」
「……どういうこと?」
私がなにから食べるか、迷ったのはこの3つだ。
・うどんから食べる
うどんは早く食べないと伸びてしまうし、冷めてしまっては温かいうどんが台無しなので、先に食べるべきか。
・ポークジンジャーとご飯から食べる
これもそうだ。冷めたら固くなってしまいそうなので、早く食べたい。
・付け合わせの野菜から食べる
ポークジンジャーの横に山盛りになっているレタスサラダ。私は食事の際、まず野菜から食べるというルーティーンがあるので("前菜"から食べたいと思うのは自然なことだと思うが)、流れ的には野菜から食べたい。しかもどうやら、巷では痩せやすい食べ方、とか言われていたり言われていなかったりするらしい。野菜が最後に残ってしまうのはなんだか嫌だなという気持ちもあり、最初に片付けたい存在だ。
と、言うことを早口で喋った。なぜって、ゆっくり喋っていたら冷めてしまうからだ。
「……というわけで、迷っちゃうなぁこれ、何から食べよう」
「そんなこと考えてないで早く食べなよ」
だーかーらー、早口で喋ったじゃん!
こうやってくだらない話をするから、「女のする話はつまらない」とか言われやすいんだろう。
確かにつまる話ではないが、つまる話だけをしていたって疲れてしまうじゃないかと思う。このブログだって、お世辞にもつまる話ではない。
軽くあしらってくれていいから、読み流してくれていいから、一旦受け止めてほしいと言うのは我儘だろうか。
我儘だろうな。
まぁ友達相手なら多少の我儘も許されるだろうと結論づけ、とりあえずお箸を持った。
結局私はうどんから食べようと決意したものの、熱すぎて食べられず、野菜とポークジンジャーを交互に食べることにした。
〆の扱いになったうどんは、食べる頃には少し伸びてしまったが、温度はちょうど良かった。私は食べるのが遅いので随分と時間が経っているはずだが、このうどんはどれだけ熱々で運ばれてきたのだろうか。お店側は、最初にうどんを食べる想定はしていないのだろうか。
お互いが食べ終わり、デザートの時間になった。友達は抹茶アイス、私はほうじ茶アイスだ。結構お腹いっぱいだったが、アイスはもちろん別腹なのであっという間に平らげた。
ここで、友達が何気無くいった一言が、二人の間で大きな論争を呼ぶ。
「最近ほうじ茶のスイーツって増えてきてるけどさ、所詮抹茶には敵わなくない?」
この発言は放っておけない。
私は抹茶スイーツが好きだが、それ以上にほうじ茶スイーツが好きだ。
ほうじ茶スイーツが流行り始めるよりずいぶん前、15年以上前からほうじ茶プリンに目をつけていたくらい好きだ。本当の話である。
お茶屋さんが営業する喫茶店でバイトリーダーをしていたこともあり、お茶については同年代の人の中では詳しい方だという自負もあるので、これは考えを改めさせなくてはならないと、服の袖をまくった。
「そうかな、わたしはほうじ茶スイーツが至高だと思うよ」
「でもほうじ茶が抹茶に勝つことはないでしょう、だって天下の抹茶様だよ?」
全く意味がわからない。
「だってさ、抹茶もほうじ茶も、元は同じ茶葉でしょ?加工の仕方の問題でしょ?上下なくない?」
「え、知らんの?抹茶になる茶葉って育てられ方違うんだよ」
……完敗した。
知らんかった。お茶のことをもっと勉強しなきゃ、だめだ。
そう思ったのだが、お茶の正しい知識を身につけた私もきっと、定食屋さんでは何を先に食べるのか迷う運命にきっとあるのである。
この友達のような、迷いなく食べ始められる人間に、すごく憧れる。