ぼやきたくもなる世の中

〜秩序のない現代にドロップキック〜

おばあさんの手は少し温かかった

 

新横浜に来ると、いつも思い出す出来事がある。

 

 

もう何年も何年も前の話。

お正月のお年玉企画で当てた期限ギリギリの商品券を消化しに、ブルーラインで新横浜に向かった日だった。駅の売店で買い物をして貰ったくじがまさか2等だなんて思いもよらず、ギリギリまで放置してしまっていたものだった。気づかず捨てなくて本当によかった。
電車内では母親と、この商品券で何を買うか楽しく議論していた。私たちの趣味はあまり合わないんだけど、だからこそ二人が気にいるものを見つけられた時は楽しい。


ふと、視線を感じて右側に目をやると、おばあさんが私のことを見つめていることに気づいた。ドキッとしたが、何か言いたげな様子。(うるさかったかな……)と反省しながら、どうかしましたか?といった感じで首を傾げてみた。

おばあさんは「あのね……」と口を開く。
「新横浜へ行くには、この電車で合ってたかしら」

「合ってますよ。私たちも新横浜に行くところです」

「あぁ、よかったわ」

おばあさん、あなた始点から乗ってるから間違い用がないですよ……。

どうやらおばあさんはずっと不安だったらしく、それが解消された安心感からか、はたまた元からそういう方なのか、かなり饒舌に話をしてくれた。

 

おばあさんは娘さんから、一人で新幹線に乗れるようになってほしいと言われたのだそうだ。いつも娘さんについていくだけだったから、一人だとどうも心配で、今日は新幹線の改札まで行く練習で出てきたらしい。新横浜についたらトンボ帰りですかと聞いたら、少し買い物もする予定だと言った。

「新横浜に着きましたよ」

「あら、お喋りに夢中で気がつかなかったわ。一人だと不安ね」

「お一人の時は喋らないだろうからきっと平気ですよ」

座っていたから気づかなかったが、おばあさんは足が悪いようだった。杖は持っていない。降りたドアは目の前が階段のみだったので、「エレベーターの場所まで行きましょう」と提案したのだが、大丈夫よの一点張りだったので階段を登り始めた。

数段登ったところで、おばあさんは止まってしまった。「思ったよりきついわね」

「やっぱりエレベーターまで行きましょうか?それとも、手をお貸ししましょうか?私はどちらでも大丈夫ですよ」

「あら、じゃあ手を貸してくださる?ごめんね」

こうして私は、出会ったばかりのおばあさんの手を取ってしばらく階段を登ることになった。おばあさんの歩みに合わせて、一段ずつ。

右側にいるおばあさんの左手を左手で持ち、右手は万が一踏み外した時のためにおばあさんの後ろ側に回して、階段を登った。自分の祖母はまだかなりアクティブだった頃で、お年寄りと一緒に歩くのに慣れていなかった私は、このようなサポートが正しいのかずっと不安だった。階段がとてつもなく長く感じる。

そんな心配をよそに、特に危なげなく階段を登り終えた。ついほっとして、ふぅ……と長く息をつく。改札を出た後、エスカレーターを登って左側が新幹線口ですと伝えた。

「ありがとう。あなたはとっても優しいわね」

「いえいえ、そんなこと……」

「これ、今日使おうと思っていたのだけど、あなたにあげるわね。本当にありがとう」

そう言って差し出されたのは、なんと私たちが今日使う予定だったお正月企画の商品券だ。

「ええっ、いいです、私たちもこれ持ってるので!」

なんたって値段が値段、1万円分の商品券だ。

「いいのよ、あなたの優しさに触れて今日はとっても満足しちゃったわ。特に買いたいものもなかったから、あなたが使って」

「そんな、娘さんに怒られちゃいますよ、お気持ちだけで充分嬉しいですので」

「娘だってあなたに感謝するはず、ほらいいから」「本当にありがとうね、さて帰り方も練習しなきゃね」

おばあさんは踵を返してまた改札に行ってしまった。さっきの改札から入ると階段しかないけど大丈夫だろうかと心配になった。

半ば強引に握らされた商品券をどうするか、困った顔で母親の方を向くと、「それはあなたが使えばいいじゃない」と言われた。高校生の私には重い金額だ。

 

 

私は商品券を握りしめ、本屋さんに向かった。せっかく頂いたものだから、自分のためになるものに変えようと思った。

 

そこで買った中の一つが、おばあさんのことを思い浮かべて手に取ったユニバーサルコーディネーターの本だった。それからというものの、外出するたびに車内表示やピクトグラム、路線図や乗り換えの表示も気になるようになり、大学生になってから色彩検定も勉強した。

 

おばあさんからは、色んなものを頂いたとつくづく思う。もう一度会って、感謝が伝えられればどんなにいいものか。

新幹線で、隣に座ったりしないかな。当選者3人の同じ商品券を当てた仲だから、そんなことだってあるかもしれない。

 

だから新幹線に乗るたび、いつも隣や前後がどんな人か、少しドキドキしてしまう。