ぼやきたくもなる世の中

〜秩序のない現代にドロップキック〜

ブログなんて誰が読むのか。

 

第一、私は他人のブログなんてよっぽど面白いひとではない限り定期的には読まない。

特定の単語でネット検索したときの一番最初の検索結果ページにあるブログは少し覗いてみたり、あとは特段暇なときにTwitterにリンクが貼られていれば開く程度だ。興味が出れば。

 

 

【そんな私が、ブログを開設した理由】

 

私にとってブログにはふたつの意味がある。

 

・不特定多数のみなさんに発信すること。

・自身の思考の整理。

 

自意識が低すぎる私は、一人で突っ走ってしまう傾向がある。例えばTwitterでもそうで、400人くらいフォロワーがいるくせに、どーせ誰も読んでないだろうしと、他人の目を気にせず自分の思ったことだけをひたすら連投する、他者から見れば”イタい人”になっているであろう時がたまに、いやよくあることは、実は自覚済みだ。

文章をひたすらパチパチパチパチ打ち出していると、だんだん頭の中がスッキリしてくることがある。だから2つ目「思考の整理」に重点を置きがちなんだけど。じゃあなんで日記をつけるんじゃなくて、ブログなのか?

それは結局、1つ目「発信」の大事さをどこかで自覚しているからだ。

 

伝わってほしいことがある。

伝えないといけないことがある。

伝えると変わる何かがある。

 

それを知っている。

多分私自身、今までの人生で、他人に影響を受けたことが無限にあるからだろう。

 

別に私が誰かの人生を変えるとか、世の中を変えるとか、大きな影響力を持つとか、そんなことは夢にも思っていない。ただ、ふと触れた他人の価値観や考えに、自分の中の何かが揺り動かされた経験がある人は少なくないはずだ。それは偉い人や年長者からに限らず、思いがけないところから生まれるものだということも、あなたはきっと知っている。

 

人の数だけ人生があって、その数だけ、その中で培われた感覚や意識がある。

そういうの、もっと発信していいんじゃない?って私は思う。面白いじゃん?せっかくだから共有しない?

共感できないならそれでいいし、同じことを考えてる発見があったら楽しいし、とにもかくにも触れることが大事だ。触れるためには、自分も出さないと世界は広がらない。

 

 

だから、ブログを始めてみる。

 

 

この記事を読んでくれてる人、これからも読んでくれたら嬉しいな。なんて。そんなの皆さんが決めることだし、それは今文章を書いている私によることなんだけど。

さらに言うと、さっきの共有という点で、思ったこととかが何かしらの形で返ってくるともっと面白い。だから、だから、、、匿名でもいいので、コメントとか、してくれたら、泣いて、喜びます。(急に弱気)

 

 

ちなみに、話す内容も話し方も、統一性を持たせるつもりは微塵もない。 

いろんな私も、全部私だし。